“サングラスのように使える
世界標準のマスクを”
西籔 和明
近畿大学理工学部機械工学科 教授 博士(工学)
〉近畿大学 理工学部・大学院 総合理工学研究科
2020年1月頃に中国で新型コロナウイルスが猛威を振るい、日本でも2月頃に感染拡大がはじまりました。しかし、マスクの素材となる不織布が中国で手に入らず、日本国内で調達・製造しなくてはならない。これまでは生産コストの関係で素材も生産も他国に頼っていましたが、コロナ禍においては自国でのモノづくりが重要になるのだと痛感しました。
そのうち、プラスチックシートを用いたの医療用フェイスシールドも登場しましたが、供給が追いつかない事態になりました。
そこで、近大が主体となり、平常時でもサングラスのように使える、世界標準のマスクへの開発を提案しました。目指したのは、安価で大量に生産できるもの。そして、毎日着けたくなるような次世代を感じられるデザイン性に優れたものをと、文芸学部の柳橋先生にも協力を仰ぎました。
4月に東大阪市の補助金に株式会社モールドサポートさんから申請いただき、5月に近大が「”オール近大”新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト」として、東大阪の企業の協力を得て近大マスクの開発がスタートしました。6〜7月頃には量産体制を整えようと思っていましたが、学内の検証実験が終わるまでは生産のGOサインは出せず、8月末に量産準備が整い、プレス発表は11月まで伸びてしまいました。
近大マスクプロジェクトは、近畿大学が開発、東大阪の町工場の協力を得て実現しました。通常の工場では企業秘密でなかなかお見せできない工場の様子や金型を公開して、金型のモノづくりの素晴らしさを知ってもらいたいです。
“コロナ禍のデザインソリューション”
柳橋 肇
プロダクトデザイナー /
近畿大学文芸学部 文化デザイン学科 准教授
〉近畿大学 文芸学部・大学院 総合文化研究科
西籔先生からお話をいただき、4月にチームが結成されました。その頃にはもうマスクをする習慣が浸透しており、巷でも耳が痛い、圧迫感がある、煩わしいなどの声が上がっていました。また、夏になったらマスク内に熱がこもり辛くなるだろうと思い、なるべく肌に接する箇所を少なくした軽い着け心地と、コロナ禍でも楽しく過ごせるよう、表情が見えてコミュニケーションがとれるものを目指しました。
カップ型の形状は上下左右方向をカバーし、比較的広範囲に飛沫拡散を防ぐことが可能です。また、サングラスを頭に乗せるように、飲食時にはマスクを上にあげられます。アイデア段階では、たくさんのスケッチを描いて議論を重ね、西籔先生の大胆な発想や道場社長の細部検討など、チームでブラッシュアップしていきました。
一番難しかったのは、ワンサイズで幅広い層が使えるようにすること。複数のサイズをつくる予算は無かったので、ツルの部分で微調整できるようにしました。また、非常事態宣言中で人に会えず、モックを複数の人に試してもらうことができなかったため、女性や顔の小さい方の着用を想像しながらデザインするのにはとても苦労しました。私も、西籔先生や道場社長も顔が大きいので(笑)。
初期の試作品はもっと顔にフィットするデザインでした。6月以降学内で試作品の検証を行ったところ、空気を取り込む/吐き出す穴がないので呼吸がしづらく安全性に問題があると指摘され、より開口を大きくとるよう修正しました。改良版を陸上部に試着してもらって意見を募り、理工学部ではマスク着用時の呼気の流れを可視化しました。
このようにさまざまな視点から検証できたのは、総合大学の強みと言えるでしょう。この“着け心地が軽い、透明なマスク”のデザインは、ほとんど前例のないゼロベースの開発となりました。試行錯誤のプロセスは大変でしたが、とてもやりがいがあり、楽しい仕事でした。
“初めての自社製品を手探りで”
道場 誠司
株式会社モールドサポート 代表取締役
〉株式会社モールドサポート
弊社はふだん住宅設備や日用品、工業製品といった多彩なプラスチック部品を製造していますが、マスクの製造は初めての経験でした。特に素材選びには苦労しました。条件は、透明であることはもちろん、強度と柔軟性を兼ね備え、軽く、そして安価であること。カップとツルを合わせて30g以内を目標にしていましたので、厚みのない金型に入れてもスムーズに流れるもの。
最終的に、カップにはSBC樹脂を採用、厚みは1mm、縁は強度を上げるために1.5mmに設計しました。デザインを重視した結果、助成金申請時の見積もりの倍近い費用になるかと思いましたが、普段から連携が取れている分、金型を担当する藤塚精密金型株式会社の社長が融通を利かせてくださいました。
開発中は昼夜関係なく連絡を取り合い、西籔先生や柳橋先生は午前2時頃までメールで激論を繰り広げていました。朝起きたら未読が80件なんてことも(笑)。辛かった面もありますが、楽しい思い出の方が多いプロジェクトでした。
近大マスクは初めての自社製品になります。事故があったらいけないと、責任やプレッシャーを感じながら製造していました。提供を始めてから、「濃厚接触にならないのか」「子ども用はないのか」など、お問い合わせの電話をたくさんいただきました。今までにない製品に対して、そういった意見や要望が出ることはあらかじめ予想していましたが、ものづくりの企業として真摯に向き合い、作り手として正直に回答しています。
2021年2月現在、総生産数は1万個を超えて、東大阪だけでなく全国で使われています。介護士や保育士、手話通訳者や助産師など、表情でのコミュニケーションが大切な職業の方から評判が良く、意外なところでは、声楽部から発表会に使いたいとご依頼がありました。想像していたよりもさまざまな場所で求められ、広がりがあるのだと感じました。みなさんからいただいた意見を活かして、より喜んでいただけるものにしたいと思っています。
株式会社モールドサポート
インジェクション成形(射出成形)、インサート成形等のプラスチック製品の一貫生産はモールドサポートへ
〉株式会社モールドサポート